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のんべんだらり ぐうたら日記
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「白痴」を読む(22)

2017/06/26 23:02
第2部、第6章

レーベジェフの別荘で、ムィシキン公爵は、病気療養中ですが
主要な人物が集まるには、地理的に格好な位置にあります

レーベジェフの一家は、元々の別荘ですし
プチーツィン&ワルワーラ夫婦の住居も近く
故に、ガヴリーラ、コーリャ、イーヴォルギン将軍も、行き来自由で
エバンチン将軍の別荘も、近い

これらは、既にそれとなく、記してありますが
著者/ドスト氏と違って、読者/私は、覚えていないのが、玉に傷です
小説には通常、図形/地図を載せませんので、仕方ありませんが
初めのうちは、それが曖昧のまま疑惑が生じ、気持ちが集中しません
が、こうした事例は、他にも結構いろいろあります

例えば、前章の公爵が、レーベジェフの親類の婦人を尋ねるのは
そこに寄寓しているナスターシャを尋ねるのが、主眼なのですが
それがロゴ―ジンの疑惑を産み、公爵の殺傷へ発展するのですが
はっきり、そう書いてくれないので、初めのうちは曖昧なままです
つまり、なんだってレーベジェフの親類の家を探すのだ、と
・・・しかし前のほうに、そうした事情はちゃんと記載されていて
それを忘れたのは、読者=私の迂闊/不注意のせいですが

著者/ドスト氏は、ミステリックな書き方が好みで
この章でも、「例の女性」や「悪党」「まったく別の人物」と云った表現をするので
はっきりナスターシャ、ロゴ―ジン、アグラーヤなどと書いてくれたら判り易く
2度3度と、合点が行くまで、読み返さなくて済むのに、とおもうのですが
しかし、そう明確に書いたら、小説的興味や感動は、格段に劣ってしまう、かも

そうこうするうち、エバンチン夫人と3人娘、S侯爵が、見舞に訪れます
モデルに参照した〈ドン・キホーテ〉のパロディ/譚詩/バラード「貧しき騎士」を
公爵の真ん前で、アグラーヤによって、朗読されようとします
あきらかに、公爵を揶揄した譚詩で、彼の留守中、事態が進んでいたようです
それを平然と朗読する、というのはアグラーヤも、なかなかキツイ性格です
それとも、恋の挑発でしょうか、どうも、乙女心は(男には)不可解です
公爵が坐っている椅子の、真ん前に立って、ですから

そこへ、エバンチン将軍が1人の青年と登場し、その機を利用して
公爵は滑稽な立場/ピンチを逃れ、一呼吸入れ、椅子に寄り掛かり、譚詩を聞く
これで、主要なメンバーは揃い、不要なメンバーは、既に退去させている

注目すべき指摘は、この「貧しき騎士」を書き、流布したのに
手を貸した1人が、レーベジェフだということです
まったく、現在のマスコミ関係者のようです
つまり、フランスの哲学者/モンテスキューも同じだったそうですが
持ち上げたり、貶したり、週刊誌のスキャンダル専門記者の大先輩です

そして、いよいよ「貧しき騎士」の朗読が始まる
ここへ至るまでに、いろいろな布石や説明が、一杯敷いてありますが
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我が誕生日の、ゴミ屋敷

2017/06/25 13:26
我が誕生日、71才のゴミ屋敷
Ryuichi Sakamoto「async」を聴きながら・・・

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やがて眸も閉じる、ときが至れば
是非もなし、神ならざれば
なるがままに、あらしめよ
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バッド・バディ!私とカレの暗殺デートを観る

2017/06/24 20:55
CIAに鍛えられ、暗殺技術をマスターして
世界各地で活躍していたが
裏切りに遭い、怪我して

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頭がおかしくなり
ピエロの鼻をつけ、殺し屋になったのですが
暗殺こそは許せない、と、逆に依頼者を殺している
その凄腕の暗殺者が、もてない女の子に会って
彼女の殺人能力に気付き、それを開花させる、という、暗殺コメディ映画
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「白痴」を読む(21)

2017/06/22 11:54
第2部、第5章

ロゴ―ジン邸/ペテルブルグを出て、別荘地/パーヴロフスクへ行くまでの
言ってみれば、繋ぎの章ですが、驚愕すべき事件が起きます
なにしろ、ヒーロー&ヒロインの大恋愛小説だ、という先入観があって
いつナスターシャが出てきて、公爵と絡むのだ、と、再会を期待して
先へ読み急ぎ、ここで大事件が起きた、と、記憶がまるで残っていなかった
再読後、そういえば、そんな場面もあったな、と、思い出した程度ですが
単なる繋ぎではなく、著者/ドスト氏の手法からすると、重要な章の1つでしょう

前章までの、シェイクスピアの戯曲で言うと、登場人物が交わす対話劇から
この章は、「ハムレット」や「マクベス」etcの主人公が、内面を独り「告白」する
という、独り舞台/「モノローグ」になって、ムィシキン公爵の内面を記述している
その意味で、ヒロインがなかなか出てこないので、イライラして来て
公爵とロゴ―ジンの激突は、まるで覚えていなかった
兄弟の契りを交わした後、不可解/不自然だと思って、記憶から消えたかも

第1部にあった《死刑の特赦》と並び、著者/ドスト氏の持病の《癲癇》が描かれ
他の本で読んだことのない/つまり、類例のない、特異な感銘を受けます
それによりますと、癲癇発作の前は、体調に予感があって/ボンヤリしていて
そのくせ、感覚だけが、すべてに鋭くなるそうです
もっと長く引用したい、のですが、ほんの少しを引用しますと

彼の癲癇の症状として、発作の起こるほとんど直前に(ただし覚醒時の発作に限るが)ひとつの段階があって、その際には、まさに悲哀、陰鬱、圧迫感のさなかに、突如数瞬の単位であたかも脳がカッと燃えあがり、もろもろの生命の力が異様な勢いで一挙に緊張するかのような体験をするのであった。

癲癇が来そうだ、という、これまでの不安や、視線/敵意(?)の感知、ナイフ
殺人事件の話題、ロゴ―ジンに何か尋ねたいのに、それを忘れること、等を
発作前の感覚で、文学的に説明している ← 経験がなく、事実か否か、不明
そして、ロゴ―ジンが公爵を、ナイフで殺そうとするとき、都合よく癲癇が起きて
未遂に終わりますのも、文学的に納得がいくよう、記述されている

癲癇の発作は、もうあと1,2度あったと思いますが、これが最初です
白痴へ戻る、という予感も、この癲癇でその第1歩を記すことになる
ある医者が、癲癇は起こす毎に脳へ損傷を蓄積する、と、言っていた

それにしても前章と真逆な、ロゴ―ジンの振舞は ← 兄弟の契りまでしている
ナスターシャの《男版》と云った感じで、公爵が悩み苦しむのも尤もです
こんな異常な人たちに囲まれ、公爵が《真実美しい人間》に思えてきました

「いったいこんなことが全部ぼくの責任だとでもいうのか?」

ナスターシャに対する見解は、世間や各人の目を通して
諸説が述べられていますが ← 第1部からの見解/説を整理したいものです
ロゴ―ジンもナスターシャと同じく、この心変わりは、狂人としか思えません
母親へ紹介までして、その後、殺そうとしますかね
諸々の殺人事件へ言及して、不意打ち感を消していますが

公爵は、レーベジェフに付き添われ、コーリャなどと、パーヴロフスクへ移る
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心に吹く風を観る

2017/06/19 20:42
韓流ドラマ/ブームの元祖「冬のソナタ」を作った
ユン・ソクホ監督が撮った映画だそうです

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高校時代に知り合って、初恋の人だったものが
どういうわけか黙ったまま、彼女が転校し、心残りの別れがあって
20年後、偶然に出会って・・・という、大人のファンタジー

男は独身で、女は既に大学生の娘がいる、という境遇ですが
北海道へ映像を撮りに来た男の仕事を、女は手伝うのですが
2人の関係を、あまり露骨に表現しないで、それとなく匂わせて
その後、男はイギリスで死んだ、という、ふんわりした映画

映像が美術品のようでした
実際、そのようなコンセプトの作品も見たようです
例えば、1本立ちの若木の、木版画とか
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「白痴」を読む(20)

2017/06/17 22:48
第2部、第4章

ロゴ―ジン邸訪問を終え、公爵は帰ろうとしますが、その別れまでに
4つの小話/エピソードを積み重ね、見どころの多い章になっている

ドストエフスキーは、聖書から学んだ、ということ/説ですが
小話/アネクドートが得意で、しかも、その話を有効に再利用します
有名な事例は「カラマーゾフの兄弟」の、後々芥川龍之介が「蜘蛛の糸」に
リメイクした小話ですが、その直ぐ後に「ねぎ」という語が再利用されたように
この小説では「刺し殺す」という1語が、後々の布石になっている
この章の最後へ至る重要なステップになっているし
更に「白痴」全体の最後への、前章のナイフと同じく、布石になっている

以前に読んでいるから判るのですが、この章の決め/別れのセリフを
ロゴ―ジンが言う切っ掛けにも「刺し殺す」はなっている
「じゃあ、あいつを取りな、もしそれが定めなら!おまえのものだ!おれは譲るよ!・・・ロゴ―ジンを覚えていてくれ!」
小説全体としても、ナスターシャは、イマイチ良く判らないキャラクターで
シェイクスピアですら、女を描くのは苦手/不得手だったのですから
本当の主題は、まだ憶測ですが、ロゴ―ジン&公爵ではないか、と思う程です
ロゴ―ジンが母親へ公爵を紹介するのは、恋人を母親へ紹介するようで
ロゴ―ジン&公爵が各々半身であることを暗示しているようです
そして、兄弟の契り/十字架の交換をする
別れ/決めのセリフは、ナスターシャがアグラーヤへ公爵を譲る場面の
ロゴ―ジン版/ナスターシャを公爵へ譲る、になっている
ドストエフスキーは「白痴」では、手を代え品を変え、パターンを繰り返している
連勝中の将棋/藤井4段ではありませんが、既に終局を見ているのでしょう

米川訳で読んだ時は、よく判りませんでしたが
2度目ですから、著者/ドスト氏が、慎重に準備して書いた大切な章だと判る
決めの台詞は、まるでシェイクスピアのようです

ハンス・ホルバインの名画のコピーを見た後
慎重に4つの小話を並べていることからも
重要な章であることが、憶測される
ロゴ―ジンと母親と公爵の場面は、著者/ドスト氏の書き癖から連想すると
「白痴」最後の場面の、下準備/前駆形かもしれない
あの最後の場面が、どうして感動的なのか、理解できなかったのですが
その準備が、既に慎重に整えてあったのかもしれない
文学的には、イエスを刺し殺し「神と悪魔」が和解する、というメッセージかも
政治的には、ツアーを暗殺/犠牲にして、民衆が和解する、という願望かも
文学も芸術ですから、妄想はいくらでも広がりますが、切りがないから止める
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日本ドストエフスキー協会のセミナーへ行く

2017/06/15 22:45
名古屋外国語大学の図書館5Fのホールへ
日本ドストエフスキー協会のセミナーを聞きに行きました

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講演時間を30分、間違えて、早く着いたので、まだ誰もいなかった
亀山先生の「新カラマーゾフの兄弟」に、サインして頂く余裕がありました

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「いま、ドストエフスキー文学を考える・・・・生涯と作品」
講師は、亀山郁夫先生

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帝政ロシア末期/ロシア革命前夜で、政治犯だった、という複雑な状況にあり
ドストエフスキーは、反逆罪や反革命を恐れ、表現に苦労したそうです
使嗾、黙過という対応(対策?)を考えたそうで、カモフラージュなんて云う
単純な手法が通用するような、安易な時代ではなかったようです
ゴーゴリーの手紙を読んだだけで死刑を宣告されたそうです
その宣告をドストエフスキーは、どう受け止めたか、知りたいそうです
文学にトラウマは付き物だそうです
現在、亀山先生は「白痴」を翻訳中だそうです
翻訳に当たって、論争に巻き込まれたことが、かつてあったそうです
近いうちに、ホームページを立ち上げるそうです
郷里/宇都宮の高校の同級生が東京から車で来て、講演を聞いておられました

帰宅したら、夕刊に
「共謀罪」法案成立へ
いかにも、ドストエフスキーを聞くのに、相応しい日でした
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