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のんべんだらり ぐうたら日記
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僕とカミンスキーの旅を観る

2017/04/29 20:23
ピカソやマチスに認められた、という、盲目の天才画家が
突然、死亡した、ということで、姿を消しましたが

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実はスイスの山奥で、隠遁していて
それを、若い野心家の美術評論家が、探索して
伝記本を書いて、儲けようとしますが、画家に取り入る為
やはり死んだという、画家の元恋人を尋ねる旅に、画家と出る、という映画

途中、怪しげな男をヒッチハイクで乗せ
彼は結局、車泥棒だったのですが
車中で話していることが、おもしろかった

人生なんて、大部分が浪費だよ
インチキと浪費ですよ


これに共感してしまう、自分が怖い
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「白痴」を読む(11)

2017/04/26 21:16
第1部、第11章

公爵は自室へ閉じ籠り、次々とコーリャ、ワルワーラ、ガヴリーラが来て
前章は、劇画的に扱い過ぎた、・・・つまり、一方的に悪役を仕立てたので
次のピークまでの繋ぎとして、詫びたり、言い訳したり、和解、緩和したり
コーリャの不幸な友人/イッポリートを、チラリと布石として、書いている

ドスト氏得意の書法で、まったく真逆の説明や解析をしますので
カモフラージュか、韜晦か、どちらの記述がホンネか、混乱しますが
人間は、一言で説明できるほど、単純な存在ではないから
この複雑さこそ、偽善を抜きにしたら、真実に近いかもしれません
こうした書き方を、よく解りませんが、ポリホニーというのでしょうか?

前章の最後にも、ナスターシャの性格の悪さは、ヒロインには拙いので
相応しく修正していましたが、この章では、その目論見/修正が露骨です
しかしガヴリーラは相変わらず、秘書とは思えず能天気に、悪役をやっている
そして、公爵が無条件に、いい役をやり過ぎている、と、おもうのですが
・・・それと言うのも、公爵の対応/言葉があまりに、模範的に善人ですから
ガヴリーラは、必須な要素として、ちっぽけな悪を残してあるのでしょう
全員が、善良になってしまっては、この小説では困るわけですから

コーリャが公爵へ、父親/イーヴォルギン将軍の手紙を持ってくる
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イップ・マン 継承を観る

2017/04/24 20:38
ブルース・リーの師匠でもあった
武術家イップ・マンを主人公にした、アクション映画

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その第3弾だそうですが、相手役のボクサーが
すごく迫力がある、と、思いましたら
マイク・タイソンだったようです

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びっくりしたなあ、もう
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PARKS パークスを観る

2017/04/24 20:37
吉祥寺、井の頭公園100周年を記念して
作られた映画だそうです

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井の頭公園の脇で、下宿している女子大生が
彼女の部屋へ、訊ねてきた女子高生に、かつて同じ部屋に
下宿していた女性(亡くなった父親の元恋人)の消息を尋ねられ
・・・もう50年ほど前の事のようですが、一緒になって探していたら
偶然、その元恋人は吉祥寺に住んでいましたが、既に亡くなっていて
代わりに、その孫に逢えて、残された彼女の遺品のなかに
未完の歌のオープンリールテープを見付け・・・、という映画

吉祥寺と井の頭公園が主役の映画でした
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ReLIFEリライフを観る

2017/04/23 20:01
27才のニートの若者が
10年若返る新薬の実証実験に参加して
再び高校3年生になって、青春を再度経験する、という映画

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高校生に人気のある、マンガか何かの絵画化のようで
ビックリしたことに、館内は女子高生ばかりでした
1人か2人、ボーイフレンドと来た人もいましたが

題名から、団塊世代のジジイの願望を狙った映画か、とおもいましたが
(マンガか何かとは)まったく違っていたわ、と、女子高生は、ボヤいていました
しかし、27才の新高校生の、かつての体験を基にした、今を大切にする
という生き方は、それなりに、納得のゆくものでした
見方を代えれば、オジサンの知恵でやり直したい、という願望は
今の高校生にも、あるのでしょう
そんな不如意な現実も、あるのでしょう

サプライズは、実証実験に参加した者が、2人いたことでした
001と002の2人が
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「白痴」を読む(10)

2017/04/22 11:40
第1部、第10章

ロゴ―ジンが侵入して、ガヴリーラへ吐いた最初の言葉
「おや、奴だ、ユダの奴だぜ!」公爵に聞き覚えのある声が響いた。「やあ、ガヴリーラ、下種野郎め!」
その言葉が、この章の目論見/構造をよく表している

まず、愛とそうでないもの(物欲、金銭欲etc)を分離して
次に、その愛も、ティツィアーノの絵のように、聖と俗に分けている

つまり、ガヴリーラはユダであり、目的は金であって、愛はない
一方、ロゴ―ジンは、金でナスターシャを買おうとするが、愛はある
故に、ムィシキン公爵は、聖vs俗という構図で、ロゴ―ジンのライバルになる
ライバルであっても、愛というくくりには含まれている

この章の構図は、野蛮な程、綺麗ごとを抜きにして書かれている
TVの放映で時々見ますが、小鳥が求婚/sexのため、餌を運ぶように
人間の愛/求婚も、金を必要としますが、金だけというのはです
それプラス愛もある、というのが、建前です
しかし、公爵のように聖愛だけとなると、離婚/浮気するのが、一般的です
俗にいう肉食女史が、愛があるならオッ立てなさいよ、というが如く
男女の間には、礼儀上か建前か、不都合な真実というものが、多々ある
その立場によりますが、一般的には滑稽な真実、というものもある

ムィシキン公爵以外は、すべてユダとその一味であることを示している
ナスターシャは、トーツキーに金で買われ、金を付けて、売られようとしている
ロゴ―ジンも、大金(10万ルーブリ)で、ナスターシャを買おう/奪おうとする
妹/ワルワーラも、哀れな女に同情せず、汚れていると思って、嫌っている
皮肉なことに、その恋人/プチーツィンは、ロゴ―ジンに助力して金を貸す
父親/イーヴォルギン将軍も、ロゴ―ジンから酒を飲みに誘われる
母親/ニーナ夫人だけは、はっきりと見解を述べていない
公爵は、ガヴリーラに平手打ちされ、受難者〈キリスト〉役である
ちなみに、著者/ドスト氏は下書きで、《キリスト公爵》と書いているそうです

相変わらず、ガヴリーラは次々に、ユダ的〈醜態〉を暴露され
そのうえ、妹に唾を吐き掛けられ、思わず手を挙げてしまって
それを公爵に阻止され、彼の頬を打って、全員を敵に回しますから
まったく、踏んだり蹴ったりですが ← 家長として責任/行為が誘因です
こうした構図を必要として、脇役ですが、その中心になっているのでしょう
この小説には、キリスト教の〈神話〉が下敷きとして、利用してある
その共通認識/下敷きがあるので、異常な言動も、受け入れ易い
冷静に考えれば、不自然ですが文学的には、シェイクスピア「リア王」の如く
不自然な設定が、人間性の深淵を表現できる、こともある

ひと悶着の後、ナスターシャもロゴ―ジンも去って、いよいよ多くの
憶測を秘め、クライマックスの誕生パーティーを目指して、進んで行く
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タレンタイム〜優しい歌を観る

2017/04/19 21:14
マレーシアの高校で、タレンタイムという芸能コンテストが開かれ
選別され、それに参加出来る優秀な7組の高校生たちの
いろいろな事情を背景にした物語

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芸能コンテストの場面、その他で歌われる歌が
それぞれの背景から育ち、咲き出た花のようで
・・・1人の女生徒の名前が、蓮という意味でしたが
泥沼/泥土に染まず、咲き出るロータス/蓮のように、感動的でした

人びとが感動する美は、苦を乗り越えて、生まれ出るようです
・・・と言いますと、ベートーヴェンのようですけれど
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