アクセスカウンタ

プロフィール

ブログ名
のんべんだらり ぐうたら日記
ブログ紹介
help RSS

ユングの言葉

2012/05/20 12:32
「1Q84」のどこにあったか、見付からなかったユングの言葉を
やっと見つけたので、孫引きしておきます

どうしてそう思い込んでいたのか
天吾とふかえりの会話に出て来た、とおもっていたので
どうしても見付からなかったのですが
青豆と「さきがけ」リーダーの会話の中にありました

「光があるところには影がなくてはならないし、影のあるところには光がなくてはならない。光のない影はなく、また影のない光はない。カール・ユングはある本の中でこのようなことを語っている。
『影は、我々人間が前向きな存在であるのと同じくらい、よこしまな存在である。我々が善良で優れた完璧な人間になろうと努めれば努めるほど、影は暗くよこしまで破壊的になろうとする意思を明確にしていく。人が自らの容量を超えて完全になろうとするとき、影は地獄に降りて悪魔となる。なぜならばこの自然界において、人が自分自身以上のものになることは、自分自身以下のものになるのと同じくらい罪深いことであるからだ』


以下略

世界の情況を見ても、周辺を見ても、自分自身を省みても
いろいろ思い当たる節のある文章で、考えさせられます

BOOK2まで読んだところでは
「1Q84」も、ユングの言葉を物語化した、と思えるほどです
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


「1Q84」を読む(4)

2012/05/15 23:28
「1Q84」村上春樹著、BOOK2、後篇、新潮文庫を読んだ

青豆は、「さきがけ」リーダーを当初の予定どおり(?)暗殺して
予測される教団の追っ手を逃れ、隠れ家に引き篭もります

天吾は、父親に会いに行ったり、リトルピープルから逃れる為でしょうか
ふかえり(少女作家)とオハライをしたりする

なんとなく惹かれて、すらすら読めてしまうのですが
読み終わった後、どんなストーリーだったか、思い出せない

しかし、数ヶ所、小説感というか論というか、それとも読書論というか
登場人物たちの、小説内小説/『空気さなぎ』に対する感想が書いてあって
それが著者/村上春樹の、他の小説や「1Q84」を読んだ印象に似ていて
著者の小説論/小説感/小説法というか、そんなものを思わせて、面白い
その1つは、次のようなものです

それは特殊な環境に置かれた少女の、非現実的な体験についての物語ではあったが、そこには人々の自然な共感を呼ぶものがあった。たぶん意識下にある何かが喚起されるのだろう。だから読者は引きずり込まれてページを繰ってしまう。

青豆が『空気さなぎ』を読むことによって、教団のことが少し解かってくる

ユングの心理学で有名な、影/シャドウ、その他で解読すると
2つの月ドウタとマザ、その他がよく解かるように思うのは
意識下にある何かを扱うのが、ユング心理学だからでしょう

パシヴァとレシヴァ、という意味が、よく解からない
「perceiverとreceiver」、天吾は正しい言葉に言い換えた。「つまり君が知覚し、僕がそれを受け入れる。そういうことだね?」

ふかえりと天吾のオハライが、リーダーと少女たちの行為を思わせるのも
なんらかの意味があるのか、それとも偶然なのか、よくわからない

まだまだ続きがあって、これからどうなるのか
ユング心理学に、新しい知見を加えるものが出て来るのか
それとも、ユング心理学の範囲に収まってしまうのか、興味深い
たとえ後者だとしても、面白い読み物を書いたものだと思う

どこかに、ユングの文章が引用してあって ← シャドウについて?
それが「さきがけ」やリトルピープルの解釈/読み方に関して
有力な方法をもたらすだろう、とおもって、その箇所/文章を探しましたが
どうしても見付からず、まったく〈1Q84〉的情況に陥りました
入口だけあって、出口はない、という処の・・・

菜食主義のネコがネズミを捕まえる、という皮肉な挿話は
自由主義/資本主義社会に対するもののようです
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


幸せの教室を観る

2012/05/14 18:16
リストラされた中年のおじさんが
もう1度、学校へ通い、幸せを取り戻す

画像

という、中高年が観ると、ホッとする映画

オートバイで走ったり、若いガールフレンドが出来たり
離婚中のおじさんですが、素敵な恋人も出来そうです
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


「1Q84」を読む(3)

2012/05/12 12:08
「1Q84」村上春樹著、BOOK2、前篇、新潮文庫を読んだ

悪の組織というか、そのような設定らしい「さきがけ」に対する戦い(?)が
青豆の側からも、天吾の側からも開始されますが
それに対する反撃も、・・・まずは警告として、示されます
その方法が実にミステリアスなもので、興味をそそります

青豆が「さきがけ」のリーダー/教祖(?)暗殺の為、彼の元へ送り込まれ
リーダーと対面して、その秘密/成り立ちも少しずつ解明されるのですが
彼は教祖と言うより、リトルピープル(?)の声を伝えるのが役割だそうで
青豆の肝心な質問(暗殺を招いた行為への責任)には、無言ですが
それを除けば、予測を裏切って、興味深い人物に描かれている
単純な《悪の組織》なんて発想は、現在ではリアリティーがないのでしょう

暗示的に書かれていた、青豆と天吾は、やはり10才の時の同級生で
双方とも、宿命的な初恋であったようです
幾つかの謎が解かれ、徐々に明確になりますが、しかし
天吾の生物学上の父親は誰か、天吾とふかえり(少女作家)の間柄は何か
リーダーは何者か、ふかえりの両親はどうなったか、など、まだまだ謎は多い

青豆とリーダーの会話が、興味深く、読みどころになっている
それにしても、リトルピープルとは何か、実に不思議です
おとぎ話や神話のようなものが、写実小説に混じっているようです

老骨に沁みる文章もありますが

ある年齢を過ぎると、人生というのはものを失っていく連続的な過程に過ぎなくなってしまいます。あなたの人生にとって大事なものがひとつひとつ、櫛の歯が欠けるみたいにあなたの手から滑り落ちていきます。

意味のよく解からないまま、なんとなく魅了される文章もあります

心から一歩も外に出ないものごとなんて、この世には存在しない。

この文章に魅了される自分が不思議です
実際のところ、どういう意味なのでしょうか
よく解かりません
こうして取り出してみますと、それほどではありませんが
小説の中でリーダーの言葉として読むと、なぜか、魅了されます
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


「1Q84」を読む(2)

2012/05/10 00:57
「1Q84」村上春樹著、BOOK1、後篇、新潮文庫を読んだ

無関係と思われた、《青豆》と《天吾》の物語が、宗教法人『さきがけ』を巡って
1本の縄を縒るように、徐々に、1つになって行くようです
ミステリーの味わいもあって、『さきがけ』は謎に満ちた存在で
リトル・ピープル、2つの月、『空気さなぎ』などと、どう関連するのか
どう落とし前/決着が付けられるのか、成り行きが興味深い

青豆と天吾も、かつて遭遇していたようで、これからの展開や如何に

男から女へ加えられる、いわゆる、ドメスティック・バイオレンス/DV、その他が
物語の中心にあるようで、悪/暴力の担い手が、リトル・ピープルのようです
まだ物語の途中ですが、彼らは、寝ている少女の口から出現する処を見ると
無意識の言葉のようで、言葉は、善でもあり、悪でもあるから ← 両義性?
そして、言葉の暴力は、むしろ体力のない女性の武器のようですから
リトル・ピープルの存在は、複雑で、これからが興味深い

いろいろな暗示があり、例えば、『空気さなぎ』の作者/17歳の女子高生は
謎の集団『さきがけ』のリーダーの娘であるような記述もあり
それらが興味をつないで、小説を面白くしている

ドストエフスキー「カラマゾーフの兄弟」が、当時/帝政ロシア末期の
社会状況を反映しているように、「1Q84」も現在日本の状況を反映している
らしいのですが、「カラマゾフ」ほど明確には/深刻には、書かれていないのは
現在社会は、たとえば、原子力発電に関しても、利害や考え方が入り組んで
帝政ロシアの末期のようには、単純には行かないからでしょう

もっともドストエフスキーなら、明晰な思考力/洞察力でもって
こんな曖昧な状況でも、明確に、その悪を指摘するかも知れませんが
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


「TQ84」を読む(1)

2012/05/07 21:21
「1Q84」村上春樹著、BOOKT、前編、新潮文庫を読んだ

青豆という女の人と天吾という男の人の
2人の登場人物がいて、それぞれが主人公になって ← 2人の主人公
交互に1章づつ登場する、という、変わった形式の小説

青豆は、スポーツ・クラブのインストラクターですが
殺人のプロでもあり、女主人(?)に頼まれて、その仕事/殺人もしている
そうなった事情が、少しずつ語られている

天吾は、予備校の数学教師であり、小説家志望でもある
ある編集者から頼まれて、新人賞に応募された17歳の女子高生の
『空気さなぎ』という小説をリライトして、彼女に新人賞をとらせ
華々しくデビューさせよう、という、危ない企画に組み込まれる

それらが発端で、少しずつ物語が動いていく
ある時点から、パラレル・ワールド(?)へ入って行って
警官が携帯する拳銃や制服が代わったり
米ソ共同で月面基地が建設されていたりする異常に、気付く
そのパラレル・ワールド発端の年が、又は、その世界が「1Q84」年

物語に引き込まれ、1つの章が終わるごとに、その続きを読むのに
次の次の章まで待って、その間、もう1人の主人公の物語を
読まなければならない《おあずけ》が、待ちきれない気持になります

図書館で借りようとすると、未だに数100人も待つ破目になる
という、大変な人気がよく理解できる、読み易く面白い小説

魅力的な表現もあります
護身術について
「歳の問題ではありません」、青豆はきっぱりと言った。「これは生き方そのものの問題です。常に真剣に自分の身を護る姿勢が大事なのです。攻撃を受けることにただ甘んじていては、どこにもいけません。慢性的な無力感は人を蝕み損ないます」

布石は終って、いよいよ物語が動き始めるようです
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


僕等がいた 後篇を観る

2012/05/06 18:09
いろいろあったが、最後まで信じ続けて
結局は結ばれる、という、恋愛映画

画像

まあ、映画/創作/表現ですから、しょうがないと思いますが
前篇もそうでしたが、なんだか、理屈っぽかった

現実では、恋愛に理屈が入って来るのは
うまく行かない場合のような気がする
そして理屈では、感情/恋愛は殆ど納得/修復しない
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


続きを見る

トップへ

月別リンク

のんべんだらり ぐうたら日記/BIGLOBEウェブリブログ
[ ]